BunDoku哲学カフェ

大分朝読書コミュニティBunDoku主催による「BunDoku哲学カフェ」の公式ブログです。

暴力を「学ぶ」

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暴力は人間に潜在的なものとしてプリセットされているのだろうか?

この暴力はいけないということは後天的な環境の中で学ぶのではなかろうか。

虐げられて、人からよく殴られて育った人は、

そこから「自分が傷ついたから、人を殴っていけない」という学びを導くのか、

「人を殴ってもかまわない」とするのか分かれるだろう。

暴力を執行することの敷居の高さ、低さ。

それは他者への配慮の差でもあるのだが。





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【告知】第8回 BunDoku哲学カフェ

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2月7日(土)19時から開催します。

テーマは「暴力とはなにか?」です。

冒頭30分くらい使って、幾つかの映画の幾つかのシーンを見た後、

対話に入ってみたいと思います。

映像がどれだけ言葉を喚起するのか試行してみたいと思います。

ご興味のある方、ぜひご参加されてください。


第7回開催報告

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第7回のBunDoku哲学カフェ「死とはなにか」の

開催報告をまとめました。

興味のある方は公式WEBサイトをご覧ください。



開催報告vol.7


死と他者とわたし

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深い繋がりのあった誰かが死ぬということは、

私をその思いの宛先としてくれていた他者を失うということである。

これがなぜ痛いのか。

…〈わたし〉という存在は、

誰かある他者の意識の宛先としてかたちづくられてきたものだからである。


鷲田 清一

1/7(水)Eテレ22時~

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次回の哲学カフェは「暴力」について語り合おうと思っていますが、

タイミングよく1/7 夜10時のEテレで「暴力」をテーマとした番組が放送されるようです。

ご関心のある方はご覧ください。

Eテレ


良い会となりました。

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第7回目の哲学カフェは新年早々でしたが、1月4日開かれました。

眞光寺さんとのご縁により、念願のお寺での開催となりました。

テーマは「死とはなにか」。

厳かな空気のなか、普段おおっぴらに語ることの少ない「死」を、

思い思いにみなさん語っていただきました。

僕は死ぬとき、誰かの役(為)に立ったのだろうかと、

ふと自問するような気がします。

水智住職夫妻のおもてなしにより、素敵な時間を過ごすことができました。

ありがとうございました。